走って、呑んで、食って、笑う

50歳からランを始め、フルマラソン、トレランに挑戦しています。ランの話題と日々の出来事をサクッと

忌明け 34年前からの絵葉書

父の四十九日の法要も終わり

やっと忌明け。

 

先週もよく動いた。

月曜は、大阪から東京に移動。

火曜日は東京から仙台に移動

水曜日は仙台から東京に移動。

木曜日は東京から大阪に移動

金曜日は大阪から吉野、吉野から大阪。

土曜日は、西宮から下北山村経由で

四十九日の法要のため熊野市へ。

日曜日は熊野市から西宮へ。

月曜は終日自宅。

 

本日は午前中大阪。

お昼に東京移動。

明日は午後から再び大阪に移動。

 

 

熊野市の実家で学生時代旅行した

ヨーロッパ、北アフリカ(モロッコ

各地から出した絵葉書が

見つかった。私も初めて見る。

 

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パリ

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スペイン セビリア

 

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ロッコ  ザゴラ

 

もう34年前。

過去からの絵葉書を貰った気分。

 

時はあっという間に流れる。

 

 

ワークマンプラス再び

相変わらずのあっちこっち丁稚

先週は火曜日、水曜日、木曜日と

取材で郡山。二日目の朝は、少し時間に余裕があったので朝ラン7キロ。

 

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気持ちのいい公園。

 

美味しい牛肉のお弁当

 

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超特大のホットサンド

 

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人の顔くらいあります。

同行の方とシェアしました。

 

木曜日は郡山から大阪まで移動。

金曜日は大阪で会議、打ち合わせ。

終わった後はおじさん飲み会。

 

土曜日はやや二日酔いながらも

お買い物。

久しぶりのワークマンプラス。

以前買ったランシャツが良かったので

同じくランシャツとランパン?を購入。

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ランシャツはシルエットがとても気に入っているので、まんぞく。

ランパンは、10キロ走る時にはいてみたが

太ももにまとわりつく感じが個人的に不快。

ランより室内でリラックスする時にはくのに

いいのでは。

しかし上下で1500円くらいに収まるねは

とてもありがたいです^_^

 

 

 

 

上半期終わる

今年も半分が、過ぎた。

振り返ってみれば、

 

インフルエンザ

仕事のトラブル連発

父の死去

 

というロクなことの無かった半年だった。

 

さらに13年間乗ってきた

日産リバティが電気系統のトラブル。

 

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夕焼けが目に沁みる。

 

今は元気だから良しとしよう。

 

 

福知山マラソンエントリー

神戸、大阪連続落選。

 

選択肢は

淀川市民マラソンか、福知山マラソン

関東の大会はもひとつ食指が動かない。

(埼玉国際マラソンはエントリーフィーが高い!)

 

と、いうことで、自宅から(比較的)近い

福知山マラソンにエントリー決定!

 

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秋シーズンはこれ一本。

ハーフマラソンとかは、走るかもです。

 

 

 

別府へ。

葬儀諸々が終わり、西宮の自宅へ車で帰宅。

翌日は自宅でひたすら寝て疲れをとる。

その翌日は始発の新幹線で東京に戻る。

溜まった事務作業を片付けて、夕方から再び

大阪へ移動。

再び倒れるように眠る。

 

翌朝も5時起きで再び新大阪へ。

新幹線を小倉で乗り換えて、ソニック日輪で

杵築駅まで。

 

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杵築駅で食事でもと思ったが

それらしい店は皆無。

売店には、パンもおにぎりも無い。

 

この近くで食事ができるところは無いか聞いてみたが売店にいた、生真面目そうなおじさんは

知らないとのこと。

仕方なしに近くの自販機で買ったダイエットコークと売店で売っていたポテトチップスで食事を済ませる。

 

午後から撮影。順調に進んで午後4時に

終わる。今日は別府に一泊。

料金は安いが、かなり古いホテル。

なんか出そうな感じ。

 

クライアントやスタッフは

別の場所で宿泊。

私一人だけが別の場所に宿泊。

なんか、ハミゴ感溢れるが

今の私にとっては、こちらの方が気楽。

 

 

ネットで調べて、

美味しそうな居酒屋で一人で食事。

 

まずは生ビール^_^

 

付け合わせで生ビールを飲み干し

(喉が渇いていたので、やたらと美味しい)

日本酒の冷やを一合頼む

大分の地酒だったが、名前を忘れた。

 

肴は

 

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大分名物、りゅうきゅう。

角切りした刺身をゴマ醤油で和えたもの。

魚はハマチとか青魚系だが、特有の生臭さも

なく脂が乗っていて美味しい。

 

地元の納豆

 

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最後に、メゴチの天プラを食べて

サクッと店を出る。

 

まだ少しお腹が空いていたので

シメでラーメンでも食べようと思い

「大陸」という中華料理店へ。

 

大陸ラーメンを注文。

出てきたのは

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大変オーソドックスなラーメン。

あっさり塩味で美味しい。

 

店の人に大陸ラーメンの由来を聞いたが

あまりわからないようだった。

 

その後辺りを散歩。

 

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街のあちこちに昭和が残っている。

 

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唐突に天狗。

後で交わした奥さんとのライン

 

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ホテルに戻り、大浴場に行くが

時間が早いのか誰もいない。

施設も古いし、なんだか不気味。

部屋に戻って、少しテレビを見てから

早々に寝てしまおうと思うが

建物が古いのかガタピシとあちこちで

音がする。心霊現象とかではなく

本当に建物が古いだけだと思うが

それでもなんだかいい気がしない。

 

私にしては珍しく、闇が気になり眠れないので、部屋の明かりを点けて、テレビもつけて

ぼーっとして眠気が来るまでやり過ごす。

 

と、いつのまにか朝になっていた。

 

昼過ぎで仕事が終わり、カメラマンの車で

大分空港へ。

お腹が減っていたので、早速食堂へ向かう。

 

まずは生ビール。

ビールが美味しい季節になった。

 

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大分名物 鳥天の定食

 

ポン酢か柑橘塩につけて食べる。

結構なヴォリュームで食べきれるかなと

思ったが唐揚げよりもあっさりしていて

それでいて鶏肉の風味もしっかり残り

とても美味しい。

あっというまに完食。

 

この時間帯は、大分→伊丹空港を利用する

人は少ないのか飛行機はプロペラ機。

あのボンバルディエ社製。

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大丈夫か?と思う。

案の定、伊丹空港上空でかなり揺れたが

無事着陸。

ほっとした。

まだ父親のもとには行きたくない。

 

久しぶりの地方への一泊出張。

疲れたが、移動したり仕事をしている分

気が紛れたのが有難い。

 

やはり、親を亡くすというのは

大変なことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月の光と風と。

金曜日、早朝からの健康診断も終わり

13時からの大阪での打ち合わせに、間に合うようあたふたと、東京を出る。

大阪での打ち合わせが終わり、神戸での

打ち合わせへ。その打ち合わせも順調に終わり

ほぼ定時に家路につく。

 

自宅で、妻と二人でゆっくり食事をとり

少し疲れていたので、早めに就寝した。

 

それは突然だった。

 

隣で寝ていた妻の携帯が23時頃

鳴り出した。

発信元は、熊野市に住む私の母から。

 

その瞬間、全てを理解した。

 

父が死んだ。

 

7年ほど前から認知症が進行し、

3年ほど前から施設に入所していたのだが

夜中、吐瀉物か何かを喉に詰まらせ死んだ。

見つけられた時はすでに心肺停止状態だった。

 

電話を受け、しばし呆然。

悲しみの前にまず月曜日からの

仕事の段取りや何かが頭の中を駆け巡る。

 

悲しみはさほどなかった。

もう何年も前から意思疎通が

出来ない状態だったし、いずれ近い将来、

親子らしい会話も出来ないままこういう日を

迎えることは、予想がついていた。

 

しかし、それでも。

様々な、想いが

ゆっくりと、しかし、あちらこちらから

湧き上がってきた。

 

あたりが明るくなるまで

リビングの床に座って呆然としていた。

 

東京の部屋に喪服も置いていた。

兄弟間の事前の連絡で、

長男の私が喪主がやることが

決まっていたので、喪服無しではまずい。

 

「はるやま」であたふたと喪服を購入し

妻と二人で、熊野市に向かう。息子は大学の

授業とサークルの会合のため、1日遅れて

電車で来ることになった。

 

その日は発達した低気圧の影響で

強風と大雨が、予想されていた。

いつもの169号線経由の山越えルートは

通らず新名神経由の高速ルートで帰る。

 

亀山を過ぎたあたりから、かなりの雨と

風になり、なかなか難易度が高い運転と

なった。

何とか尾鷲を過ぎたあたりから

雨も小降りとなり、少しホッとする。

 

無事、熊野市の自宅到着。

 

久しぶりに揃った兄弟、母が出迎えてくれる。

父の遺体は、一階の仏間兼和室に

寝かされていた。

顔をみたが、安らかな寝顔だった。

何ともいえない感情が、こみ上げてくる。

悲しくはない、涙も出ない。

呆然とするというのが正確か。

昨日から呆然としてばかりだ。

 

ただ、そうもばかりしてられない。

喪主というのは、やること、決めること

小規模な家族葬とはいえ結構ある。

 

その日の夜には、義父母が

丹波篠山から駆けつけてくれた。

有難い。

 

その日は前日あまり寝てないのと

運転疲れで、夜早くに寝てしまった。

 

翌日は通夜、その翌日は出棺、火葬のあと

告別式。

 

田舎のことゆえ、家族葬とはいえ、

結構弔問客がひっきりなしに訪れる。

その応対をしている間に、すぐに通夜の

時間となる。

新宮市にある、家の菩提寺日蓮宗

お坊さんが来てくれて、お経をあげてくれる。

まだ若いが中々堂々とした、いい声をしている。

今まで、お経なんてあまり真剣に聞いたことは

なかったが、心身に染み渡るような気がした。

 

すでに、魂となった父を行くべきところに

導いてほしいと切に願う。

 

通夜の後は喪主は寝ずに、灯明の番をする

ことになっているが、さすがにそれは無理。

深夜3時に起きて、母と弟と二交代制で

灯明の番をする。

 

やがて夜が明け、出棺の時間。

父の肉体との最後のお別れ。

棺に皆で花を入れていく。

妹と母は声を上げて泣いている。

私も頬を涙が伝う。

ご近所の方々も来てくれて父の顔を見て

名前を呼んで、泣いてくれた。

悲しいが本当に有難い。

 

やがて棺は閉じられ、納棺のお経の後

火葬場に向かう。

 

前々日の雨が、嘘のようないい天気。

最後に父の顔を見て、別れを告げる。

 

控え室で、お茶を飲んでいると

焼き場から煙が立ち上っていく。

空に帰るという言葉が実感としてわかる。

 

やがて火葬も終わり、皆で骨を拾う。

意外としっかり骨が残っている。

 

家に戻って、告別式。

最後にお坊さんがこう言った。

「葬儀というのは死者を葬い、生きている人は

命というものを考える機会でもあるのです」

 

そのとおりだと思う。

 

翌日は、早朝から飼っている犬の、散歩に

でる。

6月の早朝。朝露に濡れて緑はその輝きを

増し、風は頬にやさしい。

一年のうちでこの季節が一番生命の気があたりに満ち満ちているような気がする。

 

ふと以前読んだ小説の一節を思い出した。

 

「ねえ、つくる、あの子は本当にいろんなところに生き続けているのよ」とエリがテーブルの向かいから絞り出すように言った。「私にはそれが感じられる。私たちのまわりのありとあらゆる響きの中に、光の中に、形の中に、そしてあらゆる・・・・」

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』より引用

 

長らく認知症で苦しんだ父は、その肉体をはなれ、このやさしい6月の光と風の中で

今、自由なのだ。

 

そう感じた。

 

空は梅雨を忘れたかのように

限りなく青い。

 

「お父さん、さよなら」

 

そっと小さく呟いてみた。